珈琲タイム

珈琲タイムに書いています。

山歩きしてきました

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今日は山歩きをし、珈琲タイムをした。

どうしようもないこともあろうが

 

無我夢中で手足が動いている間は、どうしようもないことは脳から消えている。

生きるということとはなんだろう。

 

小学校低学年の時

ふとそういうことを思ったら立ち止まってしまった。

 

その時

私に手を差し伸べて下さった教頭先生がいた。

 

図書館へ連れて行き

パールバックの「大地」を読んでみなさいと勧めてくれた。

 

子供用にひらがなやルビが多かったが

内容はそのまんまだったと覚えている。

 

アメリカ人が書いたのだと教えてもらった。

そして原稿用紙に物語を書いてみるよう勧められた。

 

今、ここを書くのではなく

思い切り自由に、デタラメな場所設定でもいい、と

 

5枚、生まれて初めて締め切り付きの原稿用紙を受け取った。

小学校2年生だったと記憶している。

 

それが夏休みの課題になった。

長じて先生にお会いする機会があり、

 

その前に電話口で、

手足をまじめに動かし役割を果たしたら

 

時々脳を遊ばせる。

上手になりましたね、と褒めて頂いた。

 

恩師は実際お会いしたらタイムスリップしたのかと思うほど

当時のままのジェントルマンで、優しいほめ殺しのまんまの先生だった。

 

あれからたくさんの先生の手を借りて

人生を生きてきたが、

 

生き方は習うものだと身に染みてわかるようになった。

 

***

 

出会え、出会え、どんどん出会え、と子らに教えている。

 

反面教師であろうと出会わなければ答えはわからず、だから出会え!

憧れで到底マネできないな、と思うような教師であろうと出会え!

 

そう身に染みて自分も思う。

見習うのは、出会いなくして実際はなく

 

息遣いやコケた瞬間や、凄い様や、

リアルに受けたほうが想像に勝る。

 

行動力は説得力。

今日はそんなことをつくづく思った。

 

コト切れる寸前まで走り続ける好奇心を持ちたい。

バイタリティを持ちたい。

 

自由・フリーダム

何がそれを妨げているのだろうか。

 

一番はやはり自分の心、脳だと思う。

手足はついてきてくれるだろうか・・・

 

身を保とうとした瞬間から脳は不自由になる。

人の体は不思議でおもしろい。